江東区亀戸にある神社。日本武尊が東征の折、相模から上総へ船で向かう際に暴風に遭い、日本武尊に従っていた弟橘媛が自らの身を海に投じたところ暴風が止み船は無事に着くことができた。
その後、弟橘姫の笄と櫛が奥湾に漂着し、それを埋めた笄塚に祠を立てて祀ったのが始まりとされる。大永七年、後奈良天王・室町時代(1527年)里人・甘露寺元長が富士山より木花咲耶比売を勧請し、浅間社として創建した。
現住所は亀戸9丁目だが、都営新宿線の東大島駅からの方が近く、高層マンションに囲まれながら住宅街の中に立派な鳥居が見えてくる。境内の東南にある六ッ目地蔵小屋には他の供養塔と一緒に庚申塔がある。
大鳥居をくぐると左手に手水舎、さらに参道を進むと右手に社殿が見えてくる。また境内北側には旧社地だった亀戸の富士塚(笄塚)がある。現在は公園として整備されているが石碑や奉納碑、猿の石像が残る。
境内社として稲荷神社と下浅間神社が鎮座する他に富士せんげん道道標、水盤、石燈籠、天水桶など数多くの文化財が置かれている。
御朱印は社務所で拝受が可能。インターホン呼び出し形式で、御朱印帳を渡して待つタイプ。初穂料は500円で御朱印と一緒にしおりもいただいた。
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