2018/09/19

亀戸香取神社

江東区亀戸にある神社で、公式ページによれば創建は天智天皇四年(665年)、藤原鎌足公が東国下向の際に亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請して太刀一振を納め、旅の安泰を祈り神徳を仰いだのが始まりとされる。


平将門が乱を起こした際、追討使俵藤太秀郷が当神社で戦勝を祈願。乱をめでたく平定した後、弓矢を奉納し勝矢と命名したとされる。「スポーツ振興の神」として名が知られているのはそうした由来があるためだ。


JR亀戸駅から明治通り沿いに北上するとやがて左手に鳥居が見えてくるが、参道は蔵前橋通りとの交差点を左に折れて少し進んだところから続いている。参道沿いには商店が立ち並んでいて(勝運商店街)独特の雰囲気がある。


参道を真っ直ぐに進むと境内に入る手前に黒い鳥居があり、そこをくぐると左手に亀戸大根之碑と手水舎がある。江戸から明治にかけて亀戸では大根づくりが盛んだったらしく「亀戸大根」の名で知られる。


参道を進んだ正面が拝殿となるが、右手前には神楽殿、その先には数多くの末社が鎮座する。熊野神社・三峯神社・水神社の合祀殿、福神社、稲足神社、天祖神社と並んでいるので順番にお参りができる。


また拝殿手前の右手には大黒様と恵比寿様の像があり、柄杓で水を掛けて自分の痛いところを洗い清めるとよいと言われる。またさらに右奥には亀戸の地名に由来とされる復元された「亀が井戸」もある。


さらに拝殿手前の左手には「勝石」が置かれている。説明書きに“勝石に触れて勝運と幸運を授かりましょう”とあったので、賽銭を入れて触れてきた。鎮座1350年記念として2016年に置かれたものらしい。


なお御朱印は境内左手にある社務所で拝受できる。窓口で御朱印帳を預け、番号札を受け取って書き上がるのを待つ形式。御朱印の他にも勝守りや勝運袋などもここでいただくことができる。


2018/09/18

腰掛稲荷神社

文京区目白台にある神社。いただいた由緒書によればこの辺りはかつて武州豊島郡清土と称し見晴らしの良い場所だったが、三代将軍徳川家光公が鷹狩の際に休息し、切株に腰を掛けて「絶景なり」と風景を賞でられたという。


この後、不敬のないように切株に竹矢来を廻らせて稲荷の祠を建て崇敬した。その後、切株は朽ち果てて跡形もなくなったため里人が集まって社殿を建立し、腰掛懸稲荷と称して崇敬したとされる。


境内は東京メトロ護国寺駅から不忍通りを目白方面に進み、左手の高台になっているところを上ったところにある。鳥居、手水舎、社殿というシンプルな造りだが裏手が駐車場となっている。


鳥居の脇に小さな庚申塔があり、幟旗が立ち並んでいるため小規模ながらよい雰囲気に包まれる。また宮司様に促され本殿の裏手に行くと特別天然記念物に指定されている「菊花石」があり鑑賞できる。


なお御朱印は社殿左手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。大変丁寧に対応していただいた。


2018/09/16

三囲神社

墨田区向島にある神社。創建年代の詳細は不明だが弘法大師が創建したと伝えられておりれ、文和年間(1353~1355年)に近江三井寺の僧源慶が東国遍歴の際に社殿を再興した。


その際、翁の神像が収めらている壺が出土し白狐が三度回っていなくなったという。三囲神社は“みめぐりじんじゃ”と読むが、その名称はそうした言い伝えを起源としている。


また「三囲」という漢字は井を四角で囲っているため、三越の創業者である三井家を守るとして崇敬を集め、享保年間(1716~1735年)に三井家が守護社とした。さらに俳人の宝井其角が雨乞いの句を詠んだことで、江戸市民に知られるようになった。


東武スカイツリー駅から隅田川方面に向かうと牛嶋神社があるが、そこから首都高向島線沿いに少し北上したところに境内がある。正月には隅田川七福神巡りの起点となる神社で非常に混雑する。


参道を一の鳥居、二ノ鳥居と進んで正面が社殿。その間に狛犬や狐像が迎えるかたちになるが、手水舎は参道を少し左に入った場所にある。その隣が恵比寿・大国神(月読社)で元々は越後屋で祀られていたものらしい。


その他にも多数の境内社があって興味深い石碑なども見受けられ三井家先祖をまつる顕名霊社や三角石鳥居もある。この三角石鳥居は京都・太秦の木嶋神社内にあるものを模したものと説明書きにあった。


赤い奉納鳥居や老翁老嫗像、白狐祠や稲荷社が社殿を囲むようにして鎮座し、社殿は墨田区の登録有形文化財となっている。そして忘れてならないのが参道左手にあるライオン像で実際に池袋三越に設置されていたものだという。


御朱印は社殿右手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。大変丁寧に対応いただき、すぐに開けるようにと栞をいただいたのがうれしかった。


2018/09/05

谷保天満宮

国立市にある神社。東日本最古の天満宮で亀戸天神社、湯島天満宮ともに関東三大天神の一つとして知られている。この神社の御祭神が菅原道真公と菅原道武公の二柱なのは創建に関係している。


菅原道真公の第三子菅原道武が当地に配流。延喜三年(903年)、道真公が薨去の報に、道武公が思慕の情から道真公の像をお祀りしたのが始まりとされる。延喜二十一年(921年)に道武も薨去すると相殿に合祀された。


境内はJR南武線の谷保駅から徒歩3分の場所にある。南口をおりて道を真っすぐ進んだ先に大鳥居が見えるのでわかりやすい。二ノ鳥居をくぐるとすぐ左手に手水舎があり、その手前右手には稲荷神社・蒼守稲荷神社・淡島神社の合殿がある。


「下り宮」の形式になっていて手水舎の先の石段を下りて右手に参道が続き、拝殿につながる。左手は神楽殿となっていてまず目に入るのが座牛の像。さらに参道を進むと右手には先ほどとは別の撫牛がある。


また本殿の左手奥には弁天池があり境内末社の厳島神社が鎮座。池の右手は山のようになっていて途中に天照皇大神宮、妙義神社、日吉神社、熊野神社、稲荷神社の五社合殿と三郎殿があるが、池の周囲はあじさい園にもなっている。


弁天池の水は透明度が高く鯉が泳いでいて神秘的。実は常盤の清水と言われる湧き水で昔は周辺地域の人々の井戸として利用されていたらしい。松延宝年間に当社を詣でた僧侶が「とことはに湧ける泉のいやさやに 神の宮居の瑞垣となせり」と詠んだのがその名の由来とされている。


なお御朱印は社殿左手にある社務所で拝受できる。御朱印帳を渡して番号札を受け取り、書き上がるのを待つ形式。社務所の2階は宝物殿となっており重要文化財が展示されている。


2018/08/30

三崎稲荷神社

千代田区三崎町にある神社。創建の詳細は明らかになっていないが、東京都神社庁の公式ページには建久以前、仁安の頃とも伝えられ、当時の神田山(現、駿河台)の山麓(現、本郷一丁目)武蔵国豊島郡三崎村に鎮守の社として祀られたとある。


御祭神は宇迦之御魂神、素盞嗚尊、大市姫神、大物主神で三代将軍家光が参勤交代の制度を定めた頃、自身が江戸城に出入りする際に当社を参拝したそうで、交通安全のご利益があるとされる。


千代田区観光協会によれば創建当初は和田倉付近にあり、その後三崎村に移転、万延元年(1860年)講武所の設置に伴って水道橋に移転。甲武鉄道が万世橋まで延長されたのに伴い明治三十八年に現在の地に移った。


境内はJR水道橋駅から徒歩2分の場所にある。御茶ノ水側の出口からすぐに見えるが、少し回り込んだ先に鳥居がある。鳥居をくぐるとすぐ右手に手水舎があり、正面は拝殿。絵馬が下がっている百度石も確認できる。


なお御朱印は境内左手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出しで窓口から御朱印帳を渡して待つ形式で初穂料は300円。御守りなどもそこで一緒にいただける。


2018/08/28

高田總鎭守氷川神社

豊島区高田にある神社。公式ページによれば創建は第56代清和天皇の御代である貞観年間(859~877年)に、旧官幣大社・氷川神社の御分霊を現在の地に奉斎したことが始まりとされる。


御祭神は素盞嗚尊・奇稲田姫命・大巳貴命の三柱で、古来から山吹の里氷川宮、後氷川大明神と称されていたが、明治二年に氷川神社と改称した。また主祭神を素盞嗚尊としており、奇稲田姫命を主祭神とする下落合氷川神社と合わせて「夫婦の宮」と呼ばれていたらしい。


場所は都電荒川線の面影橋の近く。北西方向にも鳥居があるが通行止めになっていた。表参道の鳥居の前に境内は撮影禁止と注意書きがある。豊島区の登録文化財などがあって興味深いのだがが境外からの写真のみとした。


鳥居をくぐり参道を進むと左手に手水舎、正面が拝殿となる。その右手には境内社として高田姫稲荷神社があり、社殿左奥には道祖神社も見える。御朱印は境内左手にある社務所でいただける。


御朱印帳への直書きは曜日や時間などが細かく指定されており、それ以外は書き置きとなる。なお御朱印は高田氷川神社、高田姫稲荷神社、兼務社の目白豊坂稲荷神社のセットのみで初穂料は1,000円なので注意が必要だ。




2018/08/19

幸稲荷神社

港区芝公園にある神社で、いただいた資料によれば江戸初期の寛永年間に府内古社十三社に定められ、東京でも最も古い神社の一つと言われている。創建は応永元年(1394年)4月、武蔵国豊島郡岸之村(現在の芝大門公園十号地)の鎮守として勧請されたのが始まりと伝えられる。


当初は岸之稲荷神社と称せられていたが、氏子・信者中に幸事が続出したため、幸稲荷神社と尊称されるようになったという。また東京タワーの氏神としても知られ、開業時の地鎮祭から現在も数年に一度行われる安全祈願祭に奉仕するなど縁が深い。


境内は東京タワーのすぐ近くで、東京メトロ日比谷線の神谷町駅から徒歩5分程度の場所にある。芝学園(中学・高校)に隣接しているので学校を目印にすればわかりやすい。


鳥居をくぐるとすぐ右手に手水舎があり、正面が拝殿。手水舎の先には境内社の茅野天満宮と松野天満宮の合祀殿がある。またその脇にある御祠石影向石に水をかけて心願すると熱病や子供の夜泣きが止まるとある。


拝殿の扁額は幸神社と瘡護神社の二社が掲げられいて、瘡護神社は病気の際に土の団子を供え、平癒したら米の団子を供える風習があり、かつては病気平癒祈願での参拝者が多かったらしい。


御朱印は社殿右奥にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で、今回は書き置きのみの対応。夏詣の印が押されたものを由緒などが記された資料といっしょにいただいた。


2018/08/17

赤堤六所神社

世田谷区赤堤にある神社。社務所でいただいた由緒書によれば天正十二年(1584年)十二月に平定盛の子孫である服部貞胤が府中の六所宮(現在の大國魂神社)の御分霊を戴き、赤堤の鎮守としてお祀りしたと言われる。


御祭神は大国魂命、伊弉冊尊、素戔嗚尊、布留大神、大宮売命で、天明七年九月に社殿が再建され、明治七年には赤堤村社と定められた。昭和二十一年に宗教法人六所神社として再出発。鳥居や参道、境内の整備、本殿の再建などが行われた。


最寄駅は東急世田谷線の松原駅で徒歩3分程度の場所に境内がある。今回は自転車だったため詳しくはわからないが小田急線の豪徳寺からも歩けるくらいの距離にある。


一の鳥居をくぐって参道を真っ直ぐに進むとやがて二ノ鳥居。その先の左手に手水舎が見える。手水舎の手前の左側に鯉が泳ぐ小さな池があり、境内社として厳島神社が鎮座する。その手前には芸能の始教神とされる天宇受売命の石碑も確認できる。


参道をさらに進んで正面が拝殿になるが、その左手には天祖神社、子安神社、御嶽神社、大鳥神社、神明社が祀られている合祀殿、さらに本殿左奥には松澤稲荷神社がある。その他、拝殿右手には神楽殿もあって見た目より奥行きがある。


なお御朱印は参道入口右手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し形式で玄関の中に通され、そこで御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。大変丁寧に対応いただきありがたかった。