2018/07/13

前野熊野神社

板橋区前野町にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の由緒書によれば中世末期頃紀伊国熊野那智大社より勧請されたとされる。


御祭神は伊邪那岐大神、伊邪那美大神で、旧前野村には氏神社が3社あったが当神社は中前野の鎮守として崇敬された。また熊野神社は村内に2社あり、東方に鎮座する当社は東熊野と呼ばれていたらしい。


都営地下鉄三田線の志村坂上駅からイオンスタイル前野町方面に歩き、前野原温泉さやの湯処の裏手に境内がある。住宅地の中に長い参道があり、鳥居をくぐると右手に手水舎が見える。


参道をそのまま進み正面が社殿で、左手には小さな鳥居の向こう側に境内社として飛鳥社、月山社、榛名社が鎮座。右手には神楽殿もある。


御朱印は参道の途中右手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出し方式だがこの日はたまたま宮司様が外に出ていらしたので直接お願いできた。


2018/07/11

池尻稲荷神社

世田谷区池尻にある神社。公式ページによれば明暦年間(江戸時代の初期)に旧池尻村・池沢村の両村の産土神として創建鎮座したとある。


御祭神は倉稲魂命で古くから「火伏せの稲荷」、「子育ての稲荷」として霊験あらたかと伝えられる。また境内にある井戸は「薬水の井戸」といって病気平癒の神水として信仰があった。


さらにこの井戸はどんなに渇水時でも涸れることが無かったことから「涸れずの井戸」とも言われている。昔は赤坂付近から池尻まで良質の飲用水が無かったことから頼りにされたらしい。なお井戸水は現在では手水舎に利用されている。


境内は国道246号線沿いにある。道に向かって鳥居が建っているので、石段を上がると二ノ鳥居がありその先の左手に手水舎が見える。そこから右手に拝殿という配置なのは246号線の工事で境内の一部が削られたためかもしれない。


境内社は手水舎の手前に水神社、拝殿の左奥に清姫稲荷神社がある。清姫稲荷神社は芸事や学業成就の神として崇敬され、御神体は白蛇ではないかと伝えられている。


御朱印は社殿右手にある社務所で拝受できる。窓口で御朱印帳を渡して待つ形式で初穂料は500円。宮司様が不在の時もあるようで、今回は直書きでいただいたが書き置き対応となることもある。


2018/07/09

尾久八幡神社

荒川区西尾久にある神社。創建年代は不詳だが荒川区の公式ページによれば尾久の地が、鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進された正和元年(1312年)頃にさかのぼるとされ、神社に残る棟札から至徳二年(1385年)に社殿が建てられたことが確認されている。


江戸時代には旧上尾久村・旧下尾久村・旧船方村の鎮守として祀られ、明治時代には村社に列格。第二次大戦中に消失したが昭和二十八年には再建され地域の人々に信仰されてきた。


都電荒川線の宮の前駅のすぐ近くに境内はある。大通りに向いている鳥居をくぐると右手に手水舎があり、さらに参道を進み石段を少し上った先に拝殿となる。社殿は戦後に建てられてものだが迫力を感じる。


横長の境内の一部を駐車場として利用しているが少し高台になっているためか全く気にならない。また社殿左手には社殿左手に厳島神社も鎮座。大型の石の祠は大正十二年に建てられたものらしい。


御朱印は社殿右手にある授与所窓口で拝受できる。社務所のインターホンで呼び出しをしたら手前の窓口を案内され御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。何かの準備をしているのか工事スタッフ?の往来が頻繁にあったが丁寧に対応いただいた。


2018/07/08

大島稲荷神社

江東区大島にある神社。公式ページによれば慶安年間(1648~1652年)に洪水などの水害に悩まされがちな武蔵国南葛飾郡大島村の村人が平安を祈って京都の伏見稲荷大社御分霊を奉還して祀ったのが始まりとされる。


また松尾芭蕉ゆかりの稲荷神社としても知られ、元禄五年に門弟である桐奚宅を訪ねる途中でこの神社に立ち寄った際に「秋に添て行はや末ハ小松川」とという句を詠んだと言われ、境内には句碑「女木塚」も建てられている。


都営新宿線の大島駅から徒歩で5~6分の場所に境内がある。かつて洪水をもたらしたとされる小名木川は今もあり、鳥居は川に向かって建っている。参道を進んで右手に手水舎、正面が拝殿となっている。


参道を入ってすぐ右側には境内社の佐竹神社が鎮座。昭和六十三年に現宮司の佐竹氏により建立され、佐竹氏の祖霊が祀られているとされる。また神紋が梅鉢紋なので菅原道真公も祀っていると考えられる。


なお御朱印は拝殿右手にある社務所で拝受できる。インターホン呼び出しで御朱印帳を渡して待つ形式。今回は佐竹神社の御朱印もいただいた。大変丁寧に対応いただいた上にお菓子などもいただきありがたかった。


2018/07/07

平河天満宮

千代田区平河町にある神社。文明十年(1478年)に太田道灌が江戸城本丸内の梅林坂上に勧請したのが始まりとされる。徳川幕府に特別な格式で待遇され紀州藩徳川家、彦根藩井伊家の祈願所でもあった。


徳川家康入城後に平川門外に移り慶長十二年(1607年)に二代将軍秀忠の命で当地に遷座。地名を本社にちなみ平河町と名付けられた。


境内は東京メトロ半蔵門駅から徒歩1分ほどの場所にありビル街の中に大鳥居が構える。天保十五年(1844年)氏子町により奉納された銅鳥居は千代田区有形民俗文化財に指定されている。


参道には撫で牛が1体、石牛が4体鎮座しており、その他にも力石や狛犬など数々の有形民俗文化財が確認できる。左手に手水舎、正面は拝殿となる。亀戸天神や湯島天満宮などと並び、東都七天神の一社となっている。


境内社として平河稲荷神社や大鷲神社・塩神社・浅間神社を祀る三殿宮があり、それぞれ参道の鳥居側にあるため、本殿にお詣りした後に少し戻るかたちになる。


なお御朱印は拝殿横の社務所でいただける。窓口で御朱印帳を渡して待つ形式で、この日は7月7日だったため夏詣と七夕限定御朱印の両方を拝受した。


2018/06/24

久國神社

港区六本木にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の公式ページには古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたとある。寛正六年(1465年)江戸城築城の際に城隍の鎮守として溜池に遷座したとされる。


その後、太田道灌により鎌倉時代の刀工・粟田口久国作の刀が寄進されたことから久国稲荷神社と称されるようになり、寛保元年(1741年)に現在の地に再遷座された。なお社宝である刀は非公開ながら現存するらしい。


昭和二十年(1945年)の空襲で全焼したが、戦後に久國神社に改称し昭和二十八年(1953年)に社殿が再建された。


境内は首都高の谷町JCTの近く、六本木通りから赤坂駅方面に少し入ったところにある。広くはないが児童公園もあり、開発ですっかり変わってしまった六本木の中に古くからある神社の姿が残されている。


参道を真っ直ぐに進んで石段を上がって鳥居をくぐると手水舎が見える。ユーモラスな表情の一対の狛犬が印象的で、右手に進むと拝殿がある。また拝殿の左手奥には境内社の猿田彦神社も鎮座している。


拝殿右横に社務所の窓口があり、人が不在の場合はインターホンで呼び出す形式。御朱印もここでお願いするのだが、御朱印帳を渡して書き上がるのを待つ。中に入って椅子に座るよう促され宮司さまには親切に対応していただいた。


2018/06/19

須賀神社

新宿区須賀町にある神社で四谷十八ヵ町の鎮守として江戸初期より鎮座する。もとは稲荷神社で赤坂にった稲荷神社を江戸城建築のため四谷に遷座したことから始まる。


その後、神田明神の摂社に祀られていた日本橋伝馬町の守護神(須佐之男命)を合祀。牛頭天王社と併せて稲荷天王合社と呼ばれていた。明治元年に須賀神社と改称され現在に至る。


東京メトロの四谷三丁目から新宿通り沿いを四谷方面に歩き、途中で信濃町方面に向かって高台を上ったところに境内がある。映画『君の名は。』の感動的なラストシーンにも登場するため聖地と呼ばれている。


有名な石段を上っても行けるが常に写真撮影している人がいるため、気になる人は右脇の少しゆるい階段から境内に入るとよい。鳥居をくぐり参道右手に手水舎、正面が拝殿となる。


拝殿左には大国社と大国主命の像もある。また右手を社務所の方に入ってすぐの場所には祖霊社。その手前には火消し「く組」の梯子塚もあって思ったより見どころがたくさんある。


立派な神輿庫や神楽殿もあるので祭りの際は賑わうのだろう。さらに拝殿左を奥に進むと天白稲荷神社も鎮座。境内社としては立派なものだが、空襲で本社は消失したが天白稲荷神社は無事だったらしい。


なお御朱印は拝殿右奥にある社務所で拝受できる。参拝客が多いためか現在は書き置きのみの対応で、インターホンを押すと宮司様に丁寧に対応していただける。初穂料は300円だった。


2018/06/17

戸越八幡神社

品川区戸越にある神社。公式ページの記述によれば大永六戌丙年(1526年)村内藪清水水源地から御神体が出現し、行永法師が当地の草庵に奉安して山城国(京都府)石清水男山八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりとされる。


御祭神は誉田別命(応神天皇)で厄除開運の御神徳と共に古くから戸越村の鎮守として地域の人々の崇敬を集め、明治期には村社に列格していたとされる。また我国文教の祖、殖産の守護神として崇められている。


都営浅草線の戸越駅から徒歩で7分程度の住宅街の中に境内がある。そのため鳥居が遠くから見えにくく一度前を通過してしまったほどだが、鳥居をくぐった瞬間に空気が一変するのは神社ならではだ。


鳥居からまっすぐに伸びた参道を進むと右手に社務所があり、その少し先に手水舎がある。さらに神楽殿や神輿庫が続いて、正面が拝殿という造り。社殿は何度か改築されたようだが風格があって素晴らしい。


神楽殿の手前に大きめの狛犬があるが、拝殿手前にも小さな狛犬が見える。年月の影響なのか少し削れてしまっているようだが、個人的にはこちらの小さい方に惹かれた。なお拝殿の両脇には末社(稲荷社と春日社)が鎮座している。


参拝したのが日曜日でもともと人は多いのだと思うがイベントがあるらしく人が右往左往していた。なお御朱印は社務所でいただくことができる。


何種類かの御朱印が用意されていて、申込用紙に希望の御朱印の番号を記入して御朱印帳と一緒に社務所窓口で手渡し書き上がると名前が呼ばれる。神楽殿の前が待合所のようになっていて休めるのはありがたい。


2018/06/14

中目黒八幡神社

目黒区中目黒にある神社。由緒書によれば古い資料が焼失してしまっているため創建年代は不詳だが、江戸時代の村指出銘細帳には宝暦十三年(1763年)と弘化二年(1845年)に539坪の宮有地があると記載されているらしい。


御祭神は應神天皇(誉田別命)で天照大御神も合祀。ご神徳は国家鎮護、勝運招来、増産興業などで古くから中目黒村の総鎮守として崇敬を集めていたとされる。境内に入ると空気が変わり背筋が伸びる感じ。


例大祭に十二座の神楽を奏することで有名で現在も多くの人で賑わうらしい。以前に例大祭前の準備期間に参拝に来たことがあり、関係者がお忙しそうだったため御朱印をいただくのを遠慮したことがある。


場所は中目黒駅から五反田方面に進み住宅地の中を少し上がったところに境内がある。鳥居をくぐり参道を進むと右手に湧き水?があり、その向かい側にさざれ石が置かれている。さらに石段を上ると正面に手水舎が見える。


途中の左手には神楽殿、右斜め横が拝殿となる。先ほど見えた手水舎とは別に現在は使われていないが古くからある手水舎も残されている。拝殿の左手奥には境内末社の三峰神社も鎮座する。


現在は社務所が入っている建物を改装工事中のため拝殿右横の臨時社務所にて御朱印をいただける。御朱印帳を手渡して書き上がるまで待つ形式で、大変丁寧に対応いただいた。