2017/04/30

住吉神社

中央区佃にある神社で御祭神は住吉三神(底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命)、息長足姫命、東照御親命(徳川家康)で正保3年(1646年)が創建とされる。


かつては海上安全、渡航安全の守護神として信仰を集め、月島や勝どきなどの埋め立てが進む中、今でも地域の産土神(氏神)として信仰されている。


佃公園に隣接しており、朱色の一の鳥居をくぐり民間の住居の間の参道を進むと二の鳥居が見えてくる。その手前右手には明治時代からあり中央区民有形文化財に登録されている手水舎がある。


二の鳥居の先に拝殿があり左奥にはレンガ造りの旧神輿庫があって、これがなかなかいい雰囲気を放っている。境内社は龍神社を始めとして、入船稲荷神社、船魂神社、疱瘡神社、古河神社の5社。藤棚が見頃で人が大勢集まっていた。


豊玉比売命、於迦美大神、龍姫大神を御祭神とした龍神社は境内社としては規模も大きく、文政五年(1822年)に造営され、天保九年(1838年)に龍神(於迦美大神)を祀る祠と合祀された。


御朱印は境内左手にある社務所で住吉神社と龍神社の2つをいただける。なお、私はお受けしなかったがオリジナル御朱印帳も用意されているようだ。


2017/04/29

吉原神社・吉原弁財天本宮

台東区千束にある吉原遊郭にお祀りされていた五つの稲荷神社と吉原弁財天を合祀した神社。五穀豊穣をつかさどる倉稲魂命を御祭神として、かつて吉原の遊女からの信仰を集めた。


五つの稲荷神社とは玄徳稲荷社、榎本稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、九郎助稲荷社で吉原の入口と四隅に廓の守護神として祀られていたらしい。


境内はそれほど広くはなく鳥居をくぐるとすぐに拝殿。右手に手水舎、左手は授与所といったシンプルな配置。それでも境内社としてお穴様と呼ばれる地中の神様と鬼?の石像がある。


御朱印は授与所で吉原神社と吉原弁財天の2つをいただける。弁財天ってどこだろうと思ったら少し歩いた別の場所にあった。


吉原弁財天の方の御祭神は市杵島姫命で開運・財運・芸能上達などの神様として女性の様々な願いを叶えることで知られている。


関東大震災の殉難者を慰霊する観音像もあり、弁財天の外壁にはカラフルな絵が描かれていて独特の雰囲気をもつ。とはいえ小さな池のようなところに鯉も泳いでいて弁財天らしさもしっかりある。


現在では周囲の建物からかつて遊郭があったような痕跡を感じることはできないが、こうして神社巡りをすることで歴史がわかることはありがたい。


2017/04/27

松陰神社

世田谷区若林に鎮座する吉田松陰を祀る神社。世田谷区教育委員会の説明によれば、この地は長州藩主毛利大膳大夫の抱屋敷だったことから大夫山と呼ばれたようだ。


吉田松蔭は安政三年(1856年)に松下村塾を開き後の明治維新の中核を担う多くの若者を指導した。しかし安政の大獄の際に江戸伝馬町の獄中で処刑。後に門下生だった高杉晋作、伊藤博文等によって世田谷区若林の地に改装された。


黒色の大鳥居をくぐり参道を進むとすぐ左手に神楽殿、その先に手水舎がある。その他に松蔭の像や、木戸孝允、伊藤博文、山県有朋、乃木希典らによって寄進された石灯籠が32基並んでいる。

正面は大きな社殿があるが、その右手奥には松下村塾の模築がある。山口県にある松陰神社には当時の建物が保存されているそうだが都内でもその様子を見ることができるのはありがたい。


またあまり目立たないが松陰先生他烈士墓所という墓域が松陰神社に隣接するようにある。松田松蔭の墓碑を中心に頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、福原乙之進など烈士の墓碑も置かれている。


なお御朱印は社務所でいただける。御朱印帳を渡して番号札をもらい待つ形式になっていて、休憩所もあるのでゆっくりできる。本日は4月27日ということで例大祭の特別御朱印を拝受。御朱印と一緒に木製のしおりもいただいた。


2017/04/25

荻窪白山神社

杉並区上荻にある旧下荻窪村の鎮守として知られる神社。社伝によれば文明年間(1469~1486年)に東管領上杉顕定の家来中田加賀守が加賀の白山比咩神社より屋敷内に分神を移して祀ったのが始まりとされる。


歯の神様としても知られ、いい伝えでは中田加賀守の弟である兵庫が激しい歯痛で悩んでいた際、御神託により境内の萩を箸にして食事をしたところ歯の痛みが止ったという。昭和42年の社殿改築の際、長押から納められた萩の箸がたくさん出てきたらしい。


さて参道は環八通りの脇を入ってすぐのところにあり、まず一の鳥居が現れる。両側は住宅だが参道は長く続いておりしばらく進むと二の鳥居。その先、左手に手水舎を見ながら正面が拝殿となる。


荻窪駅の駅前と言ってもよいくらいの場所にありながら静けさを感じ、落ち着ける空間になっているのは不思議だ。拝殿に向かって右側には神輿庫や神楽殿があり、その奥は境内末社が並んでいる。

三峰神社、田守稲荷神社、正一位稲荷神社で右奥にはなぜか猫の石像というかオブジェがある。猫は手水舎のところにもあった。もちろん立派な狛犬もあるので猫を祀っているわけではないだろう。


御朱印は社務所でいただくのだがインターホン呼び出し形式。中に入ることを促されそこで御朱印帳を渡して書き上がるまで待つ。オリジナル御朱印帳もあるようだ。


2017/04/23

上野東照宮

東京・上野公園内に鎮座する徳川家康公を祀る神社。創建は寛永四年(1627年)で、現存する社殿は慶安四年(1651年)に三代将軍・徳川家光公が改装したもの。関東大震災や東京大空襲からも逃れ、現在は国の重要文化財に指定されている。


表参道にある大石鳥居も寛永十年(1633年)のもので、その先の水舎門をくぐると灯籠が建ち並ぶ。右手に神楽殿を見ながら両脇に手水舎があるが、右側は鐘が吊り下げられていて水はなく左側のみ使えるようになっている。


獅子っぽい狛犬が出迎え、その先が金色に輝く唐門がある。唐門の前に賽銭箱があるのでそこで参拝を済ませるが、拝観料500円でさらに進んで社殿の前まで入ることができる。


入場して透塀と灯籠の間を進むと境内社の栄誉権現社が鎮座。強運開祖の神様として信仰されているようだ。栄誉権現社の手前の入口から中に入る。


平成に入って改修工事をしたばかりということもあり、社殿は金色で彫刻も素晴らしく豪華絢爛という表現がぴったり。建物の中に入れないのは残念だが眺めているだけでも十分感動できる。


御朱印は唐門右手にある受付所でいただくことができる。今回はちょうどぼたん苑開催期間中だったため牡丹の印が押されたタイプだった。


2017/04/22

雑司が谷大鳥神社

豊島区雑司が谷にある神社。元々は鬼子母神境内に正徳年間(1711~1716年)から鷲明神として祀られていたが明治の神仏分離令により分離し大鳥神社と改称した。


御祭神は日本武命で大正六年に社殿を新築し、昭和十五年弦巻川が暗渠化したのを機に社殿配置の変換が行われたらしい。


場所は移っても鬼子母神からはすぐ近くで、「雑司が谷七福神」の恵比寿神も祀られていることから参拝客が絶えない。一の鳥居をくぐり左手に神楽殿を見ながら二の鳥居を過ぎ、右手に手水舎がある。


正面が拝殿で独特な風貌でなかなか迫力のある狛犬が構えている。手前右手には恵比寿神、右奥には境内社として三杉稲荷神社が鎮座する。立派な御神木もあり、落ち着いた雰囲気の中で歴史を感じることができる神社だ。


以前にこの社には雑司が谷七福神巡りでお詣りに来たことがあるのだが、色紙に自分でスタンプを押す形式だったので正式に御朱印をいただくのは初めてだ。都電神社めぐりという企画の三社のうちの一社で御朱印には都電のスタンプが押印される。


御朱印は拝殿右手にある社務所で受けられるが、御朱印帳を取り出そうとバッグをゴソゴソしていたら受付の窓が開いて声をかけていただいた。大変丁寧に対応していただきありがたかった。


2017/04/20

石神井氷川神社

練馬区・石神井公園に隣接する石神井の郷の総鎮守社。創建は室町時代の応永年間(1394年~1428年)にこの地に勢力を持っていた豊嶋氏が石神井城の中に守護神として祀ったのが始まりとされている。


石神井城が落城した後も村民からの信仰が厚く、現在でも「石神井のお氷川さま」と呼ばれ親しまれているようだ。


石神井公園の三宝時池から高台に上ったところに位置し、長い参道を進んで鳥居をくぐると右手に手水舎がある。すぐ近くに狛犬があるが参道の先にある拝殿手前でも小さな狛犬が出迎えてくれる。


拝殿の右手には神楽殿、左手奥には境内末社として榛名神社、浅間神社、御嶽神社、亜夫利神社、三峯神社、八幡神社、三島神社、須賀神社、稲荷神社、北野神社が鎮座する。


また拝殿手前の左手には豊嶋氏の子孫である豊嶋泰盈が寄進したとされる石灯籠が納まるお社もある。広い境内にはイチョウや松などが生い茂り武蔵野の面影を感じることができる。


なお御朱印は参道左手にある社務所でお願いできる。無人の場合はインターホンで呼び出す形式。御朱印と一緒に由緒書と社報もいただいた。


2017/04/18

中野氷川神社

中野区・東中野にある神社。創建は長元三年(1030年)武蔵国一宮大宮氷川神社より勧請したものと伝えられる。祭神は須佐之男命、稲田姫命、大己貴命の三柱となっている。


旧中野村の総鎮守と言うだけあって住宅街の中にありながら境内は歴史のある建造物と独特の静かな雰囲気で空気ががらっと変わる。参道の途中の神輿庫は思わず足を止めて見入ってしまうほど魅力的だ。


大久保通り側に参道入口があって一の鳥居をくぐって二の鳥居、三の鳥居と石段を上っていく。右手に手水舎があり狛犬やいくつかの灯籠の間を進むと立派な社殿が見える。


三の鳥居は鍋屋横丁の語源ともなった鍋屋勘右衛門が1862年に寄進したものらしく、中野区の登録有形文化財に指定されている。


境内社は塩竈神社、稲荷神社、御嶽神社、北野神社の4社で、その他に庚申塔や忠孝の碑なども確認できた。


御朱印は社務所でいただけるが書き置き対応のみ。今回は御朱印といっしょに健康お守りも受けた。


2017/04/16

東京大神宮

東京・飯田橋駅から徒歩で5分程度の場所にある神社。伊勢神宮の分社として知られ「東京のお伊勢様」として信仰も厚い。また結婚式を初めて神前で行なったことから縁結びのご神徳があると人気を集めている。


創建は明治十三年で当初は日比谷に鎮座していて日比谷大神宮と呼ばれていた。それが関東大震災の際に社殿を焼失し、その後に現在の場所に再建。戦後になって飯田橋大神宮から東京大神宮と改められた。


飯田橋から少し坂を上った高台に位置し、鳥居をくぐってすぐ右手に流水式の手水舎がある。その先に神門があり、正面が拝殿となっている。


東京五社の一つになっているので広い境内を想像していたが、特に長い参道があるわけでもなく、休日ということもあり拝殿前は参拝者の列ができていた。


社殿に向かって左手前には休憩するためのスペースと椅子があり、赤福やお茶などが振る舞われている。


なお御朱印は社殿左手にある授与所とは別に祈祷受付所が窓口になっている。番号札渡され書き上がるまで待つのだが休憩スペースがありがたい。